転職パートナー紹介
土井 明美
個人の成長の支援・企業の進化発展に、是非アンゼロの人材紹介をお役立てくださいませ。
担当
- 役員(社長、取締役、執行役員)
- 管理職(事業部長、営業部長、管理部長)
- 営業(法人営業、提案営業、個人営業)
- コンサルタント(ITコンサルタント、経営コンサルタント、人事コンサルタント)
- マーケティング(プロダクトマーケティング、マーケティングコミュニケーション)
- 商品開発
- 品質管理
- 設計(意匠設計、構造設計、設備設計、設計監理、内装設計)
- 制作物担当デザイナー(パッケージデザイン、プロダクトデザイン)
- Web関連(Webディレクター、Webデザイナー)
- 法務・コンプライアンス
- 旅行企画
- イベント担当
- IT担当(PMO、PM、PL、SE、PG)
- 管理部門(経理、人事、総務)
- スーパーバイザー 他
第1ステージ新卒採用でトラベラー株式会社に入社
私が就職活動した時代というのは、大学の掲示板に求人票が貼られていて、その求人票から希望の会社を選んで申し込むというようなスタイル。今のようにネットで検索とかなくて、求人雑誌もまだ普及していない、ずっとずっと昔の時代、、、
私の大学では、卒業すると約90%が花嫁修業に入るような大学で、周りを見回しても就職活動をする人はだれもいない、、、そんな中、、私は、結婚する気持ちなどなく、先輩が旅行会社に努めていた関係で、旅行会社・航空会社に絞り、エントリーしてみた。
が、日本航空は学校からの推薦のみ、その他の外資航空会社にもエントリーしたものの、身長でOUT、旅行会社の求人案件もなくて、、、そんな中で発見したのが、『トラベラー商会』。もしかしたら、これは、旅行会社かも?ってことで、早速、応募した。
会社説明会では、会議室いっぱい60名くらいの応募者がいて、周りはみんな、リクルートスーツ。私だけピンクのセーターを着ていたので、かなり目立ったはず。その効果があってかどうかはわからないけど、2度の面接を通過し、最終面接は社長。5名ずつの集団面接で、社長の質問は『そろばんは得意?英文タイプはできるの?』私は、『英文タイプはDレベルですが、そろばんは、2段、お習字は5段です。』その他、4人と比べるとダントツ評価してもらえた気が、、、そのおかげで、無事、採用内定獲得。20人採用のうち、10名営業、9名店舗、唯一、1人だけ社長室勤務に配属。社長室は、経理、総務、人事、情報システム、秘書と管理系業務の中枢部署。当時は、パソコンはなく、20cm角くらいの大きな電卓がひとつ、計算は、そろばんが主流。社長室長が毎日そろばんをパチパチ弾いて、その日の売上集計表を作成するという今では考えられないアナログ時代。その時代にエクセルがあったなら時間は、10分の1に圧縮できたと思う。社長室での、経理業務は、毎日、各営業所から送られてくる伝票をバッチ表で数字チェック、月に1度の支払業務、手形・小切手の手渡し、経理・財務などの月次帳票に関しては、会計士さんに外注、人事関連に関しては、給与計算に基づく、現金の仕分け、その当時は、現金支給だったので、個別に給与明細とともに現金を袋詰め、地方営業所への小切手送金手続き、採用時期には、大学へ求人票を配布、大学からの新卒採用の問い合わせの対応、応募者への対応、面接の準備、面接、採否案作成など、給与計算と社会保険関連は、労務士さんに外注していたけど、本当に1人で、これら経理、人事、労務、総務、秘書、庶務的なことまで、こなしていて、ある意味今振り返ると我ながらスゴイ!!新卒で採用していただき、8年間これら管理系の業務を一手に行った経験は、今の自分のベースであり、人材紹介をする上でとても役にたっている。特に管理系のお仕事をご紹介する場合は、システムは進化しているものの、自分の経験値をしっかりお伝えできるし、求職者の方のスキルレベルを自分なりに判断することができる。私が管理系を得意としているのは、これらの経験が生きているから・・・。
第2ステージ企業内起業家として新規事業立上げと拡大
社長室で、ずっと仕事をしていたかったのに、創設者社長が肺がんで亡くなり、翌年には次期社長が東京住まいのため、本社を大阪から東京に移転することに・・・。経理、人事、総務など管理系の仕事の上に組織改編、各種規定の作成など、組織体制を確立するための経営をサポートする仕事が発生し、コンサルタントの方に教えていただきながら、一生懸命組織の基盤作りに励んだ。今振り返ると厳しかったけど、懐かしいことだらけ。しばらくは大阪で管理系の仕事をしていたものの完全に本社が東京に移転。そんな時に旅行会社に人材を派遣する仕事が舞い込み、新しい事業に着手することになる。今では、当たり前の派遣や受託事業の先駆けとして事業を立上げ、わからないなりに派遣事業の認可を取得し、旅行会社からパスポートの申請書作成、VISA代理取得、EDカードの作成など後方業務を請負う仕事に着手する。少しずつ業務内容を拡大し、最終的には、営業、広報活動以外のすべてのバックヤードを受託するまでに発展。受託事業をベースに派遣事業(事務派遣、添乗派遣)も順調に拡大し、2004年には、トラベラー100%の子会社として分社。トラベラーにおいては、企業内で新規事業はいくつも立ち上がったけれどもなかなか本業の成功体験から抜け出せず、事業として成長し、分社独立したのは私たちの事業だけ。トラベラーで女性初の取締役になり、そして、分社し、社長に!!これは、かなりのサクセスストーリーだな、、、(笑)。子供の頃から、大学卒業するまでは、友達の後ろでキャラキャラしてる女子だったし、大きな志があったわけでもない普通の女子が、事業を起こして、社長になるというのは、客観的にみて、自分ながらに驚き。あまりにも普通なのに、社長をしているということを考えると誰でもやりたい仕事に挑戦できると思うし、それぞれの方々に可能性がある。
子会社として事業運営する頃は、まだまだ未熟で今から思い返すと反省することばかり。特に社員への想いが自分勝手だったなぁ~と、、、その当時は、悩みも多く、でも悩んでいる姿は社員には見せられず、自分の中での葛藤が渦巻いていた。背負っているものが、あまりにも大きくて、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。そんな時に、親会社トラベラーは、子会社である私たちの事業をフジスタッフに事業譲渡する。フジスタッフでは、業界に特化した派遣会社を買収することにより総合でありながら、専門性高い派遣会社を目指していた。私にとっては、今まで産み、育ててくれた父母から、いきなり赤の他人が父母となり、精神的苦痛は頂点であったけれども30数名の社員と700名の派遣スタッフを抱えての譲渡だったため、私の責任は大きく、全うするしか道はなかった。当時は、フジスタッフの経営陣には良くしてもらったものの、置かれている状況をなかなか受け止めることができず、苦しさばかり。無我夢中での日々を送りながら、半年位経過したころ、ようやく前向きに思考することができるようになり、事業再編に取り組み、今後のあり方を真剣に考えることができるようになる。結局、フジスタッフの子会社として、約3年間社長業を遂行するが、その間、派遣事業としての本来のスキーム、紹介事業のあるべき姿など、多くのことを学んだ。フジスタッフでは、大切にしたい友人ができ、今でも私の宝としてお付き合いさせていただいている。求職者の方々の胸のうちをお聞きするとき、自分自身の経験値と重なり、体感出来ることが多く、振り返ると辛く苦しいことも経験することにより、自分の中で軸ができる感じがする。新規事業を立ち上げる時の高揚感、成長を持続させるための忍耐力、売られる側の悔しさ、言葉では言い表せないような複雑な想いをいっぱい感じて生きてきたことが、今の人材紹介でのお仕事に活かされている。
第3ステージアンゼロ立上げと深化の17年
約6年間、トラベラーとフジスタッフの子会社で社長を務めたが、上場企業子会社の社長の役割は、実質的には事業部長と大きくは変わらない。キャッシュフローの心配はないものの、意思決定の範囲は限られ、何より「人」を優先したい想いと、「数字」を優先せざるを得ない現実との間で葛藤を抱えていた。
このまま組織の一部として役割を果たし続けるのか、それとも自分自身の責任で、自分の信じる形をつくるのか。
迷いながらも、最終的に選んだのは後者だった。
もう一人の役員が社長業を引き受けてくれることが決まり、短期間で準備を進め、アンゼロを設立。ゼロからの再出発だった。
事業を立ち上げる際に大切にした想いは、今も変わらない。
自分の経験が活かせ、誰かの役に立てること
信頼の積み重ねによって広がる仕事であること
細くても長く、持続できる仕事であること
派遣ビジネスがスピードとIT化を競う世界であるのに対し、人材紹介は「信頼」と「対話」の仕事。だからこそ、一人ひとり丁寧に向き合うことを何より大切にしてきた。
設立当初はうまくいかないことも多く、良かれと思ったアドバイスが空回りすることもあった。しかし、経験を重ねる中で「導く」のではなく「寄り添う」姿勢へと変化していった。
アンゼロでは、企業様から案件をいただいた際、必ず足を運び、風土や空気感を自分の目で確認する。それは、求職者の方に「リアル」を伝えるため。
そして求職者の方ともできる限り直接お会いし、背景や想いを丁寧にお聞きする。
面談の積み重ねによって磨かれてきた直感力。
職務経歴書の行間からにじみ出る誠実さを見極める力。
【信頼】と【丁寧】を軸に、企業と人の双方にとって最良の出会いを創り続けている。
第4ステージ「つなぐ」から「育てる」へ — 次世代への承継と深化
アンゼロ設立から年月を重ねる中で、私の中に新たなテーマが芽生えてきた。
それは、「つなぐ」だけではなく、「育てる」という視点。
これまで私は、企業と人を結び、最適な出会いを創ることに全力を注いできた。しかし今は、その先――
出会った人がその場所で成長し、企業が人を活かし、組織が持続的に発展していくところまで関わりたいと考えている。
人材紹介はゴールではなく、スタート。
採用後の定着、育成、組織の在り方、経営者の想いの言語化。
経営と人事の両方を経験してきたからこそ、単なるマッチングではなく、経営目線での提案ができるのが私の強みだと感じている。
また、これまで支えてくれた仲間たちへ、そして次世代へと経験をつないでいくことも、大切な使命だと思うようになった。
成功も、挫折も、葛藤も、譲渡の苦しさも、ゼロから立ち上げた不安も――
すべてが今の私をつくっている。
だからこそ、これからは
・経営者の右腕として人材戦略を共に考える存在であること
・働く一人ひとりの人生に寄り添える伴走者であること
・若い世代に「挑戦できる未来」を示せるロールモデルであること
この3つを大切にしながら歩んでいきたい。
特別な志があったわけでもない、ごく普通の一人の女性が、事業を立ち上げ、社長になり、そして今も挑戦を続けている。
だからこそ伝えたい。
可能性は、誰にでもある。
アンゼロはこれからも、【信頼】と【丁寧】を土台に、人と企業の未来をつなぎ、育て、広げていく存在であり続けます。
そして私自身も、まだまだ進化の途中。
第4ステージは、今まさに始まっている。人生はステージごとに景色が変わる。
けれど、軸は変わらない。
私はこれからも、人と企業の未来を丁寧につないでいきます。
